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月経を早めたり遅らせたりできますか?

【初めに】

子宮頸がんにおける前がん病変の発生を予防する「ヒトパピローマウイルス感染症予防ワクチン(以下、HPVワクチン)」については、10年前にも取り上げ、7年前には定期接種開始のお知らせをしました。今回は、HPVワクチン接種の現状をお話します。 諸外国に続いて日本でも2009年に2価HPVワクチン、2011年には4価HPVワクチンが発売開始され、2013年4月には定期接種(法律に基づいて市区町村が実施する予防接種、公費)が開始されましたが、接種後に持続する広い範囲の痛み(慢性疼痛)、手足の動かしにくさ(運動機能障害)などの「多様な症状」が報告されました。このため、定期接種からわずか2ヶ月後の2013年6月には、適切な情報提供ができるまでの間、各自治体から対象者への積極的な接種勧奨を一時的に差し控える処置がとられました。その状況は7年が経過した現在も続いています。なお、「積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」というのは、「積極的には接種を勧めはしませんが、接種はできます」ということで、現在もHPVワクチン自体は小学6年生~高校1年生を対象に定期接種として公費助成による接種が可能です。
厚生労働省は令和2年7月、ホームページに「HPVワクチンの情報提供について」と題し、公費で接種できるHPVワクチンの情報を接種対象者及びその保護者に届けることを目的に、自治体から情報提供資材の個別送付を行う議論がなされたことを掲載しました。また、千歳市では令和2年8月、市内中学1~3年生女子を対象に学校を通じて「厚生労働省のリーフレット」を配布しています。

 

●日本における子宮頸がんの現状は?

子宮頸がんは年間約1万人の女性がかかり、約2800人が亡くなっており、患者数・死亡者数とも近年増加傾向にあります。特に20~40歳代の働き盛りや子育て世代の若年女性に多く、深刻な問題と言えます。ちなみに、他の主要5大がん(肝臓がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん)の死亡率は低下または横ばいになっています。

 

●何が原因で子宮頸がんになるのですか?

子宮頸がんの95%以上は、ヒトパピローマウイルス(以下、HPV)というウイルスの感染が原因です。HPVはごくありふれたウイルスで、性交渉で感染します。女性の50~80%が一生に一度は感染すると報告されています。

 

●HPVに感染すると必ず子宮頸がんになるのですか?

HPVは、皮膚や粘膜に感染するウイルスで、100以上の種類があります。粘膜に感染するHPVの少なくとも15種類が子宮頸がんの原因とされ、「高リスク型HPV」と呼ばれています。この「高リスク型HPV」に感染しても、90%以上は2年以内に自然に排出されますが、数年以上に渡り持続的に感染した場合、がんになることがあると報告されています。

 

●子宮頸がんはどうしたら予防できますか?

子宮頸がんの原因となるHPV感染をHPVワクチンによってブロックすること(一次予防)と検診によるスクリーニングで前がん病変のうちに発見して治療し、浸潤がんを予防すること(二次予防)の併用が、世界的にも効果的な子宮頸がん予防と認められています。しかし、日本では子宮頸がん検診受診率は約40%と低く、HPVワクチンに至っては、平成14・15年度生まれの女子で1%未満の接種率と報告されています。残念ながら日本では、どちらの点でも立ち遅れているのが現状です。

 

●子宮頸がん検診はどのようなものですか?

子宮頸部から細胞を採取して顕微鏡で異常を調べる「子宮頸部細胞診」による子宮頸がん検診は、昭和58年の老人保健法の施行以降、科学的根拠を持つ対策型検診として健康増進事業の枠組みで行われています。20歳以上の女性の、2年に1回を受診の対象としています。子宮頸がん検診で、子宮頸がんや前がん病変のある人を陽性と診断する割合(感度)は70~80%と報告されています。

 

●日本で承認されているHPVワクチンの種類は?

2価ワクチンと4価ワクチンがあります。2価ワクチン(サーバリックス)は子宮頸がん50~70%を占めるHPV16・18型に対するワクチンで、4価ワクチン(ガーダシル)はHPV16・18型及び尖圭コンジローマの原因となるHPV6・11型の4つの型に対するワクチンです。
令和2年7月、我が国でも9つの型のHPV(6・11・16・18・31・33・45・52・58型)をターゲットとした9価ワクチンの製造・販売が承認されました。発売日は未定です。普及すれば子宮頸がんの90%以上が予防可能になると期待されています。

 

●HPVワクチンは子宮頸がんを予防する効果はまだ証明されていないと聞きましたが?

HPVワクチンは新しいワクチンなので、子宮頸がんそのものを予防する効果はまだ証明されていません。オーストラリアなどの接種率が70%を超える国では、持続的なHPVの感染や子宮頸がんになる過程の異常(前がん病変)を予防する効果が確認されています。子宮頸がんは必ず前がん病変を経て浸潤がんへと進展していくことから、これらの国では子宮頸がんは確実に減少することが期待できます。

 

●HPVワクチンの安全性はどう評価されていますか?

HPVワクチンの接種により、注射部位の一時的な痛み・腫れなどの局所症状は80%に認め、注射時の痛みや不安のために失神した事例もありますが、接種後30分程度安静にすることで対応が可能です。 平成29年11月の厚労省専門部会で、慢性疼痛や運動障害などHPVワクチン接種後に報告された「多様な症状」はHPVワクチンとの因果関係はなく、機能性身体症状(何らかの身体症状があり、それに合致する検査上の異常や身体所見が見つからず原因が特定できない状態)と考えられると発表されています。また、平成28年12月厚労省研究班の全国疫学調査の結果が報告され、「多様な症状」がHPVワクチン接種後に特有の症状でないことが示されました。さらに、名古屋市で行われたアンケート調査では、24種類の「多様な症状」の頻度がHPVワクチンを接種した女子と接種しなかった女子で有意な差がなかったことが示されました。
WHOも世界中の最新データを継続的に評価し、HPVワクチンの推奨を変更しなければならないような安全性の問題はないと発表しています。

 

●HPVワクチン接種後に「多様な症状」が現れた場合の診療体制の整備は?

接種後に何らかの症状が現れた方のための診療相談窓口が、全国すべての都道府県に設置されています。北海道大学病院の「HPVワクチン副反応支援センター」では、小児科、整形外科、神経内科、婦人科、麻酔科、リハビリテーション科、児童思春期精神科が協力して適切な治療、支援を行っています。 また、接種後に重篤な有害事象が発生した場合は、予防接種法に基づく救済制度の申請が可能で、因果関係の有無などを審査後、必要な補償が受けられる可能性があります。

 

●HPVワクチン接種を検討している場合は?

接種を希望される方は、厚生労働省のリーフレットを読んだうえで千歳市保健福祉部母子保健課より予診票と案内を受け取り、市内指定医療機関に予約します。市外で接種を希望される場合は、千歳市が発行する「予防接種実施依頼書」が必要です。

 

【最後に】

子宮頸がんの予防には、HPVワクチン接種と子宮頸がん検診の両方が必要です。そのためには、HPVワクチンの積極的勧奨の再開に加え、定期接種を受けることができなかった女性に対して接種機会の確保、子宮頸がん検診受診勧奨の強化、及び学校でのがん教育の充実などが必要です。また、接種対象者や保護者に対して、接種医がHPVワクチンの十分な情報提供を行い、安心して接種を受けることができる体制の構築も大切と考えます。

  ドクター